AsahiーSPACE

朝日 遊 による、小説用ウェブサイトです。コメント等はお気軽にどうぞ!

セカンド・スカイ 1

 今日の天気は快晴。昇りはじめの太陽は、遮るものが無いのをいいことに、暑くなるような光を振りまいている。

 

 

 指先で小さいダイヤルを少しずつ回す。その度に手の中の機械は、ざあっ、ざあっと何だかむず痒くなるような音を発する。ケイは辛抱強く微調整を続け、ようやく雑音が消えるところを見つけた。

『……れでは、……の空模様……』

「まだ微妙だな」

 ほんのちょっとだけ、ダイヤルをに力を込めて。

『……第一空区の外気温は11度。外気圧は670ヘクトパスカル。風は、現在は北西からレベル1の風です……』

 ケイは満足げに頷いて、座っているベンチに機械を置いた。背もたれに体を預ける。

 短く切りそろえた灰色の髪に、漆黒の瞳。細身の体に白い特殊スーツをまとって、首に白いフレームの飛行用ゴーグルを下げていた。

『……本日は1日を通して快晴でしょう……』

 上を見上げれば、視界に収まりきらない青が見えた。白い雲はぽつりぽつりとあるだけの、距離感が崩れるような壮大さ。この光景を見ると、空の上に住んでいるのを実感できる。

 空色は冷たさの印象があるけれど、こうしてぼんやりと眺めていると、包み込んでくれるような気持ちになるから不思議だ。

『……午後からは、層積雲が第三空区に重なるようです。移動の際は注意して……』

 知っておきたいことは分かったし、もう消そうかと考えていると、

「おはよ!」

「うわっ」

 青空の手前、視界の上に、ひょこりとピンク色のゴーグルが見えた。ケイは小さく跳ねて顔の向きを変える。くるみ色の髪と大きな瞳、眩しいような笑顔が目の前にあった。

「あはは、驚いたでしょ~」

「そりゃそうだ……おはよう、アユハ」

 上から逆さに覗き込んでくるアユハは、にんまりと笑ってからベンチを回り込んで、ケイの隣にちょこんと座った。額に上げていたピンクのゴーグルを首まで下ろして、

「これ直ったんだね」

アユハが小さな機械を手に取って言う。いつの間にか番組が切り替わっていて、ジャズ風の音楽が控えめな音量で流れていた。

「一回ダイヤルをずらしたら、元に戻すの大変なんだぞ。分かってんの?」

「だって気になるじゃん! 今どきそんな昔の使ってる人なんてケイくらいだよ」

「いいんだよ、使えるんだし」

 確かに、今ではこれよりも小型の情報端末なんていくらでもある。それでも、ケイはこの機械を手放したくなかった。

「そういえばさ、その機械、ダイヤルの最後の方に変な音が聞こえるところがあったよ。じーじー、みたいな」

「あぁ、それは俺にもよく分からん」

「ふうん、変なの」

 遙か遠くの空で、二羽の鳥がその羽根を羽ばたかせた。

「ねーねー、ケイはさ、何してるときが一番好き?」

「は? うーん」

 いきなりの問いに、ケイは少しの間、口に手を当てて考える。

「空を眺めてるとき……かな」

「へぇ、意外だなー。戦ってるとき、とか言うかと思ったよ」

「俺はそんなバーサーカーじゃないぞ」

「冗談だって!」

 そう言ってアユハは笑い、その目を細めて彼方の空を静かに見すえた。

「私はねー、空を飛んでいるときだよ。何でも見えて、何でも分かって、何でもできるような気になれるんだ」

 何でもできると言うあたりが、アユハらしい、とケイは小さく笑った。

 

            *

 

 ぴっ、と、小さな電子音。

 聞こえたのは、首にかけたゴーグルから。アユハもそれは同じらしい。

「行かなきゃ」

「ああ」

 二人同時に、立ち上がる。

 

「そういえばさ」

 屋上から階段を降りて、ビル群が見える窓を横目に長い廊下をひたすら走る。

「なに?」

「ケイのスーツの修理って終わったの?」

「ああ」

 応えてケイは自分の体を見下ろす。白を基調とした戦闘用特殊スーツ。技術班からの提案で試験的に作られた、改良型。

 アユハが着ているものと見比べれば、既存型との違いはよく分かる。なめらかな生地に鋼色のプロテクトアーマーのようなものがいくつか取り付けられているのは同じだが、その数が大きな差だ。

「それでも、まだ完全に直ってないとは言われた。一昨日の右足の壊れ方を見たら、当然だと思ったけどな」

 既存型は、両腕と、背中を覆うように一つ。改良型はそれに加えて、両足に二つずつと、腰周りにも取り付けられている。内部機能にも大きく変更が加えられていて、アユハには必要の無いものではあるが、ケイの戦い方には相性が良い。

「あれはケイが無茶しすぎだよ! あれ以上突っ込まなくても、私が狙えたのに」

「性能を把握するのも大事だろ」

「怪我しない方が大事!」

 へいへい、とケイは呟く。武器庫のある部屋にたどり着いて、棚から自分の武器を手に取った。手に馴染むグリップと、その上に伸びる四十センチほどの長方形のバレル。全体を鋼色に包まれ、ずしりと重みを伝えてくるそれは、

「よし……やるか」

 ナノロケットライフル。空中戦闘特化仕様。

 それを二丁、太ももに装備してケイは振り返る。その先ではアユハが、背の丈ほどもありそうな黒い箱を持って待っている。

「あんまり突っ込まないでね」

「……分かったよ」

 そのまま隣の部屋へ。大広間のようなその場所には、全部で八人の隊員がすでに集まっていた。ケイと同じようにライフルを装備しているのは七人、アユハと似た黒い箱――サイズはアユハのものに比べて半分ほどだが――を持っているのは一人いる。

「全員来たな」

 部屋の奥で、よく通る声がした。

 戦隊長だ。ケイと同様に二丁のライフルを持ち、厳格そうな表情を黒縁のゴーグルで隠している。

「先程確認した。エリアサードで発生した熊型だ。基本戦術に変更は無し。今回も戦闘開始後の指揮は、アユハ=アルビナ。手伝って貰うぞ」

「了解です」

 アユハがそう返事を返す。それが彼女の役目だ。

 いや、それも、と言った方が正しい。そもそも戦闘での指揮は戦隊長が担うのが普通だが、アユハだけはその特異なポジション故に指揮権を分けられている。アユハの最大の役割は別にあり、それがなくては戦闘が成り立たないほどだ。そのために、ケイはアユハから無茶をするなと散々言われているのだが――。

 と、ケイが何となく考えていると、戦隊長から視線が向けられた。

「ケイジ。分かっているな。無茶をするな」

「……分かりました」

 とりあえずの返事。

 それから、ケイたちはエリアサードに向かう。

 ふと見上げた空には、遠い彼方から灰色の雲が近付いてきていた。