AsahiーSPACE

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セカンド・スカイ 5

第5話

 

「ケイ!? 何するつもり!?」

 その身一つで、数十倍もある巨体に向かって飛んでいくケイを見下ろして、アユハは叫んで止めようとした。けれど止まる様子は無い。

 ――また、こんな。

 言葉での説得ができないなら、もう誰もケイを止めることはできない。アユハはこのポジションから離れることができないし、地上のメンバーがあの激戦に入り込むには、彼と同じかそれ以上の戦闘能力が必要だ。

 そんな人物は、この隊にはいない。

 ――信じるしかない。

 ケイが役目を果たすのを。ケイが生きて戻るのを。

 それが果たされたとき、自分がここにいてライフルを握っていることが、アユハにできる唯一にして最大の応えだ。

 ――ケイ。

 

 

 熊型の核は首の後ろだ。今は死雲で作られた翼と触手で見えなくなってしまったが、まだ位置は変わっていないと信じる。

 キイイインという重なった噴射音を響かせながら、ケイは一直線に飛翔した。格好の獲物を熊型が見逃すはずもなく、その威容と咆哮をもって立ち塞がる。

 触手が一斉に襲いかかる。数十本を超す数。逃げ道を塞ぐように上下左右に長く広がり、それはもはや覆い被さってくる壁だ。普通なら怯んでしまうこの場面で――しかしケイは、減速どころか更にスピードを上げた。

 二丁のライフルを向ける。突破口を開こうと正面に集中して照準を定め、すかさず発砲。放たれた暴威は的確に二本の触手を弾けさせる。

 だが、触手たちもただの壁ではなかった。開いた突破口の左右からケイを挟み込むように急襲、それをライフルで撃ち抜く。次から次へと襲いかかってくる触手に、ケイはその表情を微塵も崩さない。ただ静かな眼差しで、自らの敵を捉え続ける。

 右ライフルが右前方の触手を迎撃、左ライフルが真上の触手を破壊する。その時にはすでに右ライフルは左腕の下を通して左前方の触手を爆ぜさせ、その間にも高速飛行は止まることはない。飛び散る死雲の飛沫を後方に感じながらナノロケットをブーストさせる。

 まるで一本一本が生き物――意思のある蛇のような動きをする敵に対して、ケイもまた左右の腕を、あたかも思考が宿っているかのように的確に、効率的に振るい続ける。

 ケイの両ライフルが、右上と左上の触手の群を屠った。

 その時だった。

 絶妙なタイミングで、ケイの背後に殺意を持った触手が現れた。その数は十。

 正面方向からは来ずに回り込んできたものか。両手のライフルが前方に集中した隙に。射撃も回避も間に合わない。

 死が近付く。我が物顔で突き進む不敬な鳥を叩き落とそうという意思を背中に感じる。今――。

 ズバンッ! 

 両脚が、撃った。

 ちょうどその真後ろにいた哀れな触手たちが、一瞬で無惨に弾け飛ぶ。

 ズバンッ! ズバンッ! と空気が爆ぜる。

 両翼が、撃った。

 一本たりとも残すことなく、その衝撃と爆風にあおられて、抵抗虚しく崩れ去る。

 

「――残念だったな」

 

《プロミネンス》。そう呼称された改良型のスーツのナノロケットは、ただの飛行用装備ではない。その全てに破壊の意思が与えられており――いわば、全身にナノロケットライフルを搭載した戦闘用特殊スーツである。

 

 高速接近しながら、襲いかかってくる触手の壁をひたすら撃ち抜いていると、いつの間にか熊型の姿が目の前だった。

「ゴガアアアア!」

 どうやら彼はここまで傷一つなく接近されたことに怒り狂っているようで、生み出す触手の数が倍増している。加えて接近したことで、あの巨大な翼も攻撃手段に数えているようだ。荒ぶる死雲の翼は、羽の再生も大方終わっている。

「…………!」

 息をのむ。死雲の気配。増えに増えた触手に、全方位から取り囲まれる。

 その時。通信が開いた。

『ケイ』

 

 

 高倍率にしたスコープを区切る十字のレティクル。その中央に空飛ぶ小さな人間を捉えて、アユハは口を開く。

「ケイ。二時の方向。触手の層が薄い」

『了解』

 高度一千メートルの上空からだと、全てが分かる。敵の動き、味方の動き。

 アユハは体勢を変えた。腰のナノロケットをそっと制御し、寝そべった姿勢から下半身を持ち上げる。けれど狙撃ライフルの向きは真下に向けたままで、狙撃ライフルから体、足の先までを一直線に揃える。まるで空中で逆立ちをするような姿勢だ。

「体の側面で新しい触手を作ってる。奇襲されるかもしれないから気を付けて」

 ここからでも見える爆発と、その戦闘の激しさ。ケイは着実に熊型との距離を詰めていく。

 アユハは狙撃ライフルの銃身を握る左手に少しだけ力を込め、右手の人差し指を、そっとトリガーガードに触れさせた。

 上空と低空の風向き、風速のデータから弾道シミュレーションを脳内で行いながら、〝その時〟を待つ。すでに弾丸は装填済みだ。

『アユハ。ここからだと、私は狙撃できないかもしれない。今のうちに移動して、そこで補助する』

「うん、分かった」

 もう一人の狙撃要員の女の子から通信。確かにあの高さのビルからでは、首の後ろ――つまり体の上で露出させる核は狙いにくいだろう。

 足先を軽く前後に開いて、体の力を抜く。それでもスコープを覗く射貫くように鋭い瞳はそのままで、アユハはひたすら〝その時〟が来るのを待ち続ける。

 

 

 覆い被さってくるような触手の群に、つい加速を緩めてしまいそうになる。だが、ここで恐怖に負けたら一瞬でやられてしまう。ケイは己を叱咤して加速のギアを入れた。

 アユハが教えてくれた、包囲の少ない方向へ突き進む。だがそれも、比較的、という話だ。囲まれる触手は数えることもできないほどで、その先の景色が全く見えない。

 照準も何もあったものではなく、ただ進む先に向かってライフルを撃ちまくる。爆発、衝撃の後にできた僅かな隙間に、ケイは体を無理やり入れ込んだ。よってたかって来る触手に、全身のナノロケットライフルを使って迎え撃つ。

 回避と迎撃。コンマ何秒という時間で触手のそれぞれへの対応を選択し、常に最適ルートを探し続ける。体をねじって避け、後ろの触手を翼のライフルで破壊。その反動を回転のエネルギーに変えて上から降ってきた死を避ける。

「うお、お、あああ!」

 その合間にも解かなかった前進が身を結び、ついにケイは触手の檻を突破した。

 ――核を!

突破した先はまさに熊型の首の上。すかさず狙いを定めて引き金を引く。ズバン! ズバン!と放たれた空気の弾丸は、狙い違わず首の後ろを包んでいる死雲を爆散させ、その奥に潜む核を少しだけ見せた。

――もう一発!

「ゴガアア!」

銃口を向けたその時。熊型の、死雲の翼がいきなり振り払われ、それは不意打ちとなってケイの機械仕掛けの翼に直撃した。

右翼。それが半ばほどから無惨に引きちぎられ、溶かされる。狙いを付けていた右ライフルもその衝撃で手放してしまい、熊型の大きな背中に落ちたライフルは、融解と炎上の餌食となってしまった。まるで、ケイの数秒後を表すように。

死雲の攻撃がもう一度来る。今度はケイの体ごと――。

「まだだ!」

 ズガガガッ! と轟音。

 右翼の、残った根元半分。それを構成していたナノロケットを、一気に暴発させる。とてつもないその衝撃の反動で、ケイの体がスピンする。時計回りに回転して、握っていた左ライフルがおのずと核付近に狙いが定まった。

 その瞬間に撃つ。今度こそ放たれた最後の一発は、核の周りを守っていた死雲を粉々にし、黒い球体である核を完全に露出させた。

 

 核の構成成分は不明。

 異常に硬いということだけが分かっていて、今回もケイの射撃では傷一つ付いていない。

 だが、ケイがそれを破壊する必要は無い。

 

「アユハ」

 

 なぜなら、頼れるパートナーが天空で銃を握っているのだから。

 

「――あとは任せた」

 

 

 風に変化は無し。想定座標にも、大きな変化は無し。

 細く息を吸い、長くゆっくりと吐く。それからアユハは、トリガーに人差し指をかけた。

 

「まかせて」

 

 トリガーを引く。

 瞬間、雷鳴にも似た轟音が大気を震わせた。プラズマ化のエネルギーを叩きつけられて、銃弾が翼を離れる。

 地球の引力を一直線になぞるその軌道。重力を余さず味方に付け、高度一千メートルからなる位置エネルギーを変換した運動エネルギーを、その全てを弾丸に上乗せする。

 まるで光を凝縮したような、その威容。それはまさしく、太陽が落ちるよう。

 《サン・レイン》。アユハが放った一発の太陽は、目標の核に到達するとその暴虐の意思を発揮して、核は一瞬の抵抗すら許されずに爆発し、塵となって消えていった。