AsahiーSPACE

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セカンド・スカイ 3

第3話

 

 死雲の怪物。

 出自不明、生態不明。そいつらは死雲の下から突然現れ、人類に対して攻撃的な意志を持っていた。

 

 キイイイイイン、と甲高い噴射音。

 鋼の翼を大きく広げ、その身で風を切りながらケイは飛行する。

 ――まずは『核』を探す。

 全員から同時に接近。全方位からの敵の存在を感知して熊型は、後ろ足だけで立ち上がって前足を振り回して威嚇する。

「ガオアアアア!」

 振り回されて飛び散る前足の一部――死雲の欠片。加えて前足を地面に打ち付ける衝撃で、地上の死雲が大量に跳ね上げられる。

 それら致死の飛沫をかいくぐって更に接近。体を反転させ、翼を折りたたみ、ひたすら避ける。スーツ全身と翼のナノロケットを全て制御し、それぞれを別の方向に噴射させて、針の穴を通すような機動を実現させる。

 回避、接近。射程に入った――目標との距離十メートル。

 ここまで来ると、熊型の体を構成する死雲の匂いが嫌でも伝わる。燃やし、腐食させた空気の風に乗った、死の匂い。

 ――まずは、その皮を剥いでやる。

 両手のナノロケットライフルを照準。すかさず発砲した。

 ズバン! ズバン! という空気が爆ぜたような轟音。

 反動を感じながら熊型から距離を取るケイの視線の先で、熊型の表皮が直径十メートルほど爆発、四散した。

 ナノロケットライフル――空中戦闘特化仕様。

 弾丸を必要とせず、プラズマ化した空気そのものを圧縮して発射する。目標の鎧を剥がすための、前衛部隊の主力装備。

 同じような攻撃を他の隊員からもたっぷり受けたようで、体のあちこちが大きく破損した熊型は周囲を警戒するように唸っている。

『核は』

「まだです」

 戦隊長の問いに端的に返す。

 先程の攻撃で体の表面を大きく削ることはできたが、その奥のどこかにあるはずの核――この怪物の最大の弱点は、露出させることはできなかった。

 他の隊員からも同様に、発見できなかったという通信が入る。

 ケイはライフルを握り直した。

 

 

「……目標に変化は無し、か。変形はしないタイプなのかな」

 戦闘が始まった前衛部隊と熊型を見下ろしながら、アユハはそう独りごちる。

 高度一千メートル。アユハもまた鋼の翼を展開し、けれど作戦中とは思えないリラックスさで――空中に寝そべっていた。

 器用にナノロケットを調整し、空に床があるかのようにうつ伏せになっている。誰かが、例えば戦隊長が見たら、怠けているのかと雷が落ちること確定だ。

 ――まぁ誰も見てないし、ちゃんと仕事はしているし。

 心の中でそう呟き、アユハはスコープを覗いた。

 黒箱を開き、その中に収められていたものが、獰猛なフォルムと威圧感を放出してアユハの手に握られていた。

 ナノロケットライフル――長距離狙撃・特殊仕様――呼称《サン・レイン》

 

 長距離狙撃仕様。

 全長は一メートルを超え、その重量は二十キロ。長い銃身を持つ対物狙撃銃にナノロケットの技術を応用して、その圧倒的エネルギーで直径14.5ミリという大口径弾丸を放つ。

 実際の弾丸を用いる特別な銃、特別な役割として、この隊でもアユハの他には一人しか、同じ役割を担う隊員はいない。

 しかし、――更にその中で。アユハだけは特殊で、特異な狙撃ライフルを握っていた。

 もう一人の黒箱持ちの女の子。彼女は今、地上のビルの屋上にいた。前衛部隊や熊型とは離れた位置で、その手に狙撃ライフルを握ってスコープを覗いている。

 通常、狙撃は地面などに銃を固定しないと安定しない。銃身のブレを無くす狙撃姿勢、狙撃スポットを見つけることは、最重要事項の一つだ。

 

「手こずってる、なぁ」

 呟いてアユハはスコープの倍率をいじる。その目にかけたゴーグルの機能と合わさって、高解像度で見える地上の戦闘。握られたそのライフルには、翼が生えている。

 一メートルを超える銃身の手元に、左右に更に一メートルほど開いた鉄色の翼。これもナノロケットで構成されており、その役割は空中への銃身の位置の固定である。

 ただ、固定――保持力にも限度がある。それは両手で補わなければならないし、加えて自身の体のブレも起こってはならない。それら全てを乗り越えて完璧に狙撃を成功させようとするなら、並外れたバランス感覚、集中力が必要だ。

 翼を生やした、異形の狙撃ライフル。

 呼称は《サン・レイン》。空中からの狙撃を目的として設計された、アユハ専用のナノロケットライフルである。

 

 

 回避、接近。照準、発砲。

 衝撃。

 ――硬すぎる!

 衝撃の結果を見てケイは眉を寄せた。さながらショットガンのように衝撃をばらまくケイのライフルは、広範囲かつ熊型の体の奥にもダメージを与えている。にもかかわらず、そのダメージから立ち直る早さが尋常じゃない。よく見れば、欠損した箇所の再生も早い。地面の死雲を取り込んで、穴を埋めるように削られた体を治している。

 ――学んでいるのか。ダメージの量や範囲。そこからの効率的な再生方法まで。

最初と合わせて三回目の攻撃。それも隊員八人での全方位からの同時射撃で、そろそろ再生が追いつかなくなるはずなのに。……今まではそうだった。

――全方位からじゃだめだ。攻撃方法を。

『総員、距離を取れ』

 突然通信が開いた。どうやら、戦隊長も同じ事を考えていたらしい。

『作戦を変える。一部に集中攻撃。まずは背中の中心だ。変更は無いと思わせろ』

「了解」

 作戦の変更は無いと思わせる。それはつまり。

 翼を震わせ、ケイは熊型を見上げながら地上の近くを一直線に飛翔する。他の隊員もそれぞれ熊型の体よりも下から接近する。全方位から。

 熊型が警戒するように周りを見回し、吠えながらその四本足を激しく踏み鳴らした。飛び散る死雲、致死の雨。それをぎりぎりでかいくぐって避け、目の前に熊型の胴体がはっきり見えたところで急上昇。スーツと翼のナノロケットを方向転換、速度を落とさない負荷に歯を食いしばって耐えつつ、あっという間に胴体を見下ろす高さまで。

 一気に開けた視界の中に、同じように上昇飛行してきた仲間が全員見えた。

 ――これなら、どうだ!

 両手のライフルを向ける。照準はもちろん、背中の中心。

 引き金を引いた。

 全員が同時。

 ズバァァン! と、十六発が重なった発射音が鼓膜を叩く。一瞬後にこれまでで最大の爆発と衝撃が、熊型の背中を爆心として、地上に空に、激震を巻き起こした。

 

 引き金を引いたその直後に、ケイは背中を反らせるようにして後方上空に距離を取る。それから眺めた熊型の背中――爆発の痕。

 今まで見たこともないほど大きくえぐれ、まるで熊型よりも更に巨大な生物にかじり取られたようだった。

「ウグルルル……」

 さすがの熊型にもこれは想定外のダメージだったようで、どう踏ん張ればいいのか分からないような様子で足をふらつかせている。――その時。

 えぐれた背中の首近く。その奥にきらりと一つ、漆黒の光が瞬いた。

 はっと息を呑み、そのままケイは叫んだ。

「核だ! 位置は首の後ろ!」

 黒く光る球体、それが死雲の怪物の心臓部だ。そこを破壊できれば、二度と怪物が再生することはない。

 通信を受け取って隊員が再度の攻撃態勢に入る。

「ゴガアアアア!!」

 突如、耳を破るような咆哮。

 それを意に介さず突き進む仲間たち。けれどケイはその咆哮に、血が凍えるような全身の悪寒を感じた。この叫び……前にも。

「――ダメだ、止まれ!」

 次の瞬間、体の変身――ともいうべき現象が、熊型を包む。

 巨大なクレーターのようになった爆発痕の中から、何本もの触手のようなものが飛び出る。数はおそらく三十以上。当然死雲の成分で構成されたそれらは、近付く隊員たちを叩き落とそうと、うねり振り回される。

 バギッ、という音が聞こえた。

「あっ……!」

 一人が、片方の翼をもがれ、機動力を失って落下――辛うじて助けが入る。そのまま近くの廃ビルに逃げ込む二人を見て、ケイはほっと息をついた。

『……時間をかけすぎたな』

「そうですね」

 今や熊型の外見は、もはや熊とは言えなくなっていた。

 その体の全長と同じくらい伸びている触手。その内何十本かが、寄り集まって重なって、ある形を作ろうとしている。

 骨組みのような長くて太い左右の二本と、そこから伸びる無数の細かい触手。まるで塗り固めるようにそれらはまとまっていく。

 前にもこんなことがあった。

 ケイが初めて銃を持って地上に降りた日。あの時も核を見つけるのに手こずって、怪物が似たような変貌を遂げた。

 そして、あろうことかその怪物は飛び始めたのだ。触手を寄り集めて作ったものを使って。ケイはこの時に、地上で発生するのだから無害であろう生き物を、わざわざ駆除する理由を知った。

 

 死雲でできた怪物――熊型は今や、その背に二振りの翼を生やして、空飛ぶ熊に変貌していた。