宇宙旅行日記 第2話
西暦2626年3月2日。
朝、目が覚めて、いつもの癖で窓を見る。そこには青空も雲も鳥も見えず、あったのは黒い背景に点々と輝く星たちだった。
「すごいなぁ、やっぱり」
窓に張り付いて景色を眺める。そういえば地球はどこまで離れたかな、と逆の壁の窓に振り向くと、外形が分かる程度の大きさまで離れて、地球は淡く光っていた。太陽に向いている部分だけが白く輝き、反対側は都市の光が地表を埋め尽くすようで、昼と夜で輝きを争っているみたいだ。
旅の最初の目標は火星である。
今まで、すでにかなりの数の探検隊が足を運んだとはいえ、まだ未開拓の地は多いはずだ。きっと、まだ見ぬ世界が手ぐすね引いて待っているのだろう。
「今行くぞ!」
進行方向に向かって叫んでみる。
しかし、宇宙の旅というのは暇なのだな、とこの数日で実感した。
景色は変わらず星空で、特別見るものが無い。持ってきたCD音楽を片っ端からかけて、誰も聞く人がいないのを良いことに、エレキギターを思いっきりはじきまくる。
宇宙船はかなりの速さで進んでいるはずなのだが、やはり隣とはいえ選んだルートや公転ずれのせいで遠いらしい。
――これでも、昔より頭おかしいくらいには速いんだからな!
地球にいたころの友人の声を思い出す。
光速よりもなお速く、宇宙空間を駆け抜ける。細かい理屈は聞いたけどもう忘れた。逆うらしま効果とも呼ぶべきもので、何年旅しても地球に帰ってきたら数ヶ月、らしい。最高だな。
昼ご飯を軽く食べた後、火星の外形が見えてきた。宇宙に出てからしばらく宇宙食ばかりだったので、火星で美味しいものを食べてみたい。
火星にある文明は、どうやら地球の人類の歴史よりも古いらしい。火星にしか無い食べ物、火星にしか無い技術。この目で見なければと握り拳を作る。
「おお、でかいな……」
近付くにつれて、火星の全体像が見えてきた。
オレンジ色を帯びた凹凸の大地と、ところどころに見える大都市の密集した光。海は見えない。着陸の準備を始めようと操縦桿を握って、エンジン噴射方向の制御を自動から手動に切り替える。
「あれ……」
切り替わらない……。
「あれっ」
切り替えボタンを何度も押すが、反応は無い。
「あれー!?」
やばい。このままだと、重力と推進力が合わさってとんでもないスピードで隕石のように地面に落下することになる。いや、隕石以上だ。
やめてくれ、冗談じゃない。旅の始めが、いや終わりが、こんなものだなんて。
「くそ、動け動け、動けよ――!!」
宇宙船の速度が、ぐんぐんと速くなる。大気圏に入ったのか、窓の外側、すぐ傍で機体が赤く染まるのが見える。がくがくと地震かと思うような振動が襲ってきて、操縦席から放り出された。
壁に体を盛大に打ち付け、霞む瞳に窓の外の景色が飛び込んでくる。
見えたのは一面白の雲海と、その奥に屹立する、雲を突き破ってそびえ立つ金色の超巨大な塔だった。